瞑想とは、精神修養を目的に行われる心的・身体的技法である。古来、ヨガや宗教の分野において多様な技法が発達してきた。その歴史は、紀元前まで遡る。長らく、瞑想はヨガを行う人や宗教を信仰する一部の人間が実践するものであった。しかし、20世紀後半からの脳科学の進展により、瞑想の効果が医学的・科学的に証明されることで、2000年代になると、「マインドフル瞑想」が欧米で一気に広がった。その流れから、日本でも瞑想を習慣にする人が増えている。
日本人の知る瞑想は、ヨガと仏教を中心に発達してきた。ヨガの正式な始まりは不詳だが、インダス文明の遺跡である「モヘンジョ・ダロ」(現在のパキスタン)に「瞑想する人」が記された印章が発見されているため、これをヨガの始まりとする説がある。
「モヘンジョ・ダロ」は、紀元前2500年から1800年頃にかけて繁栄した文明である。印章の制作年は不明であるが、印章の「瞑想する人」が事実ならば、「瞑想」は、4,000年以上の歴史があることになる。
仏教は、北インドに実在したとされる釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が開祖である。釈迦は菩提樹の木の下で「瞑想」をして「悟り」に達した。「悟り」をひとつの目標とする仏教にとって「瞑想」は斬っても切れない縁がある。
釈迦の生存期は、諸説あり紀元前7世紀〜5世紀とされる。仏教における瞑想も紀元前であることは間違いなく、約2500年以上の歴史があることになる。
心理学の原点には2つの大きな潮流があった。ひとつ目は、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud 1856〜1939)を開祖とする「精神分析学」である。ふたつ目は、バラス・フレデリック・スキナー(Burrhus Frederic Skinner 1904〜1990)を中心に広がった行動主義心理学である。
「精神分析」は、心の病の治療を目的に発展を遂げてきた。行動主義心理学は、動物実験を行うことで人間の心理に迫ろうとした。2つは1900年前後から始まった。
その後、第3の潮流として「病んだ人」ではなく「健康な人」を対象にする「人間性心理学」が生まれ、第4の潮流として「トランスパーソナル心理学」が発展してきた。
「トランスパーソナル心理学」は、1960年代のアメリカ西海岸で生まれた。政治体制に反抗するヒッピー文化を育んだ米国の若者たちは、現実世界を超越する神秘体験に興味を持ち「精神世界」を探究した。この思想潮流を「ニューエイジ」と呼ぶ。ビートルズのジョン・レノンは、その象徴だった。
この「ニューエイジ」ムーブメントの中から「トランスパーソナル心理学」が萌芽する。それは、神秘体験のような個を超越する経験をも研究対象とする。
1960年代後半から1970年代にかけて、米国のヒッピーたちは「精神世界」の本場であるインドやアジア諸国を放浪した。iphoneの生みの親であるアップル創業者スティーブ・ジョブズもその一人で、ジョブズはインドを放浪した経験をもつ。
現在、心理学者や医師として第一線で活躍している「学者・医者の卵」たちが、1960年代、インドやアジア諸国でふれた「精神世界」に関する多様な思想と精神修養の技法を米国に持ち込んだ。「ヨガ」「禅(仏教)」などの東洋思想が一気に米国に流れ込んだ。
この流れの中に、仏教の「ヴィパッサナー瞑想」があった。「マインドフル瞑想」の原型は、「ヴィパッサナー瞑想」だ。「ヴィパッサナー」とはパーリー語で「詳しく観察する」「さまざまなモードでよく観る」を意味する。
世界にマインドフル瞑想の広めた立役者は、マサチューセッツ大学医学部の名誉教授ジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)だ。彼は医師として、患者のストレスを減らすためのプログラムの開発に着手し、成功した。それが、MBSR(Mindfulness-based stress reduction:マインドフルネスストレス低減法)である。
1979年、マサチューセッツ大学医学部に「マインドフルネス・ベースド・ストレス・リダクション・クリニック」を創設し、患者のストレスを低減することに目覚ましい効果を上げてきた。MBSRでは、ヨガや瞑想を行う。
瞑想は「宗教くさい」「うさんくさい」と一般人に遠ざけられていた。この医学的な実証研究とカバットジン博士の熱心な啓蒙活動が功を奏して、米国では「瞑想」が、多くの人にとって身近なものになっていった。
1990年代になるとコンピュータ技術の進化により脳科学が目覚ましい発展を遂げる。人間の脳が「どのように動いているのか」を、PC画面の上で見られるようになった。瞑想が人間の心身の好影響を及ぼすのであれば、脳で何が起きているのか。その疑問に対する研究が一気に進んだ。
この研究の大きな役割を果たしたのが、1991年に米国で登録された「マインド・アンド・ライフ研究所」である。1980年代から科学者との対話を繰り返してきたチベット仏教のダライ・ラマ14世が中心となり、瞑想の科学的研究を目的に創設された。
瞑想を1万時間以上経験してきた「瞑想の達人」たちが実験に参加し、科学者たちを驚かせ続けた。「マインド・アンド・ライフ研究所」から発表される研究結果も、マインドフルネス瞑想が広まる追い風となった。
2000年代になると、企業が社員研修の一環として瞑想を取り入れるようになる。グーグルはその発信源として大きな役割を果たし、シリコンバレーの企業群が追随することになる。世界最先端の企業が、瞑想を導入した事実は、日本にも大きな影響を与えていく。
2014年に、米国のニュース雑誌『TIME』が、「マインドフルネス」特集を組む。これが、大きな話題となり、2014年を、米国における「マインドフルネス元年」と呼ぶこともある。
日本では、2016年にNHKが「マインドフルネス瞑想」をテーマに番組を放映する。NHKスペシャル「キラーストレス」(6/18)、NHK「Eテレ」の「サイエンスZero」(8/21)である。
日本でも、一般人にとって瞑想は「いかがわしい」「怪しいもの」とされてきた。だが、NHK(国)が放映することで、「瞑想」に対する認識が改められていった。「Yahoo Japan」を筆頭に、「瞑想」を社員研修に取り入れる企業が登場し、職場に「瞑想ルーム」を設置する企業まで現れた。
ビジネスマン向けの瞑想セミナーも盛んに行われるようになり、日本でも瞑想に取り組む人が増えている。
瞑想の種類、効果、技法。
Types, effects, and techniques of meditation.
瞑想には大きく3つの種類がある。「フォーカス・アテンション瞑想」「オープン・モニタリング瞑想」「慈悲と慈愛の瞑想」である。
「フォーカス・アテンション瞑想」(Foucus attention meditation)とは、注意を一点に集中する瞑想手法である。瞑想では「雑念」の浮かばない「無心」を理想とする。
「雑念」を消し「無心」になるため、ひとつの事に集中する。例えば、ヨガでは「マントラ」と呼ばれる言葉をひたすら唱え続ける。日本の仏教でも「お経」をひたすら唱えることで「無心」を目指す。「坐禅」における瞑想技法に、呼吸の数を数えていく「数息観」がある。これも「フォーカス・アテンション瞑想」に分類できる。
瞑想というと「沈黙」をイメージしがちだが、伝統的な瞑想手法には、言葉と使うことで「無心」を実現するものがある。
オープン・モニタリング瞑想では、注意を一点だけに集中しようとするのではなく、体の感覚、思考、感情などが、浮かんでは消えていく様子をひたすら観察しようとする。浮かんでは消えていくため、消えた時に「無心」が生じる。
マインドフルネス瞑想は、オープン・モニタリング瞑想のひとつである。自己の感覚、思考、感情に丁寧に気づき、それらが必ず「消え入る」ことを何度も直視し、心身に流れる感覚、思考、感情のはかなさを理解し、それらに執着しない心をつくる。
「慈悲と慈愛の瞑想」は、自分と他人だけでなく、この世に生きる「生きとしいけるもの」に向けた慈悲心を育む瞑想である。マインドフル瞑想の原型である「ヴィパッサナー瞑想」で実践されきた瞑想技法。
自分、他人、生きとしいけるものたちの幸せを願いながら、瞑想を行う。
瞑想の医学的、科学的研究が進展し、瞑想の効果が明らかにされてきた。特に、脳科学の影響は大きい。瞑想に熟達した人間の脳活動をコンピューター画像でとらえた。この事実は、瞑想に対して懐疑的だった医師や学者たちを説得する材料となった。
2010年代以降の瞑想に関する動向を網羅した『グーグルのマインドフルネス革命』(サンガ)には、次の「瞑想の効果」が記述されている。
1. ストレスが軽減され、仕事の生産性があがる。
2. 感情のコントロールができるようになり、感情的な判断ミスをしなくなる。
3. 思いやりの気持ちが育ち、チームワークが向上する。
4. アイデアが湧く脳になり、創造力が高まる。
出典:『グーグルのマインドフルネス革命』(サンガ)p14-15
1. 慢性疼痛をはじめ、喘息、糖尿病などの身体的な病状を改善する。
2.不安、不眠、恐怖症や接触障害など、精神的に困難状況を改善する。
3. 学習や記憶、感情コントロールに関する脳の領域が活性化される。
4. 思いやりや共感といった心理的な機能が向上する。
5. 交感神経系を落ち着かせ、副交感神経系を活性化させる。
6. 免疫システムの働きが向上する。
出典:『グーグルのマインドフルネス革命』(サンガ)p44-45
瞑想の基本は、呼吸に意識を向け続ける。鼻呼吸が基本だが、鼻がつまっていれば口呼吸でよい。目を閉じるのが基本だが、不安感が出るなど、何らかの理由で集中できない場合は、目は開けていてもよい。その人が、集中できる状態を選択すればよい。
瞑想で最も大切なのは、雑念の扱い方にある。雑念が浮かぶことを否定しない。むしろ、雑念がある状態を成功ととらえる。なぜなら、雑念が浮かぶからこそ、「心(意識と無意識)」が浄化されるからだ。
座り方は、椅子に座ればよい。瞑想独自の座り方である結跏趺坐をする必要はない。初心者・初級者が結跏趺坐をすると、足を痛めて、それが原因で「瞑想」が嫌になる可能性がある。
①座る(結跏趺坐が難しければ、椅子でよい)
②目は閉じる(半眼か、目は開けていてもよい)
③手の平を上に向けて、膝の上に置く。(人差しか中指を親指とくっつけてもよい)
④大きなあくびをする(あくびをすると緊張がほぐれる)
⑤首を1分間かけて回す(右回り、左回り)。
⑥背筋を伸ばす(頭頂にヒモがついていて、上に引っ張られる様子をイメージ)
⑦鼻呼吸に意識を向ける。(鼻がつまっている時は、口呼吸でよい)
⑧鼻(口)を出入りする息に意識を向ける。
⑨雑念が浮かび意識がそれたら、静かに穏やかに、また、鼻呼吸に意識を向ける。
⑩時間になったら5つ数えてから目を開ける。
「慈悲と慈愛の瞑想」は、仏教「ヴィパッサナー瞑想」で行われてきた伝統的な瞑想技法のひとつ。マインドフルネス瞑想に取り入れらている。決めれれた言葉胸の内で唱えながら瞑想をする。
ポイントは、自分(私)から始めて、自分(私)の身近な人たち、そして、この世界に生きる全ての人へと、意識を拡大していくことである。言葉は様々なものがあるが、自分から他者、そして、全てのものへと意識を拡大している点は共通している。以下はひとつの例である。
私が幸せでありますように。
私の悩み苦しみが無くなりますように。
私の親しい人々が幸せでありますように。
私の親しい人々の悩み苦しみが無くなりますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように。
【参考文献】
・『瞑想する脳科学』(永沢哲 講談社)
・『日経サイエンス』(2015年1月号)特集「瞑想 神経科学で解明 マインドフルネスの効用」
・『グーグルマインドフルネス革命』(サンガ編集部 サンガ)
・『トランスパーソナル心理学』(岡野守也 青土社)
・『ブッダの瞑想法: ヴィパッサナー瞑想の理論と実践 』(地橋秀雄 春秋紗)